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n.48 2003/9/25
  NOTIZIARIO ADITALIA  バックナンバー 48よりHTML版  
   arte

アバド、指揮者人生をふりかえる

   
  クラウディオ・アバドが今年で70歳を迎えた。 「ひとつの数字にすぎない」からと、大げさな祝賀行事を固辞し、家族と親友で内輪のパーティーを開いただけのアバドだが、新聞記者のインタビューに答え、輝かしい栄光につつまれたその指揮者人生を彩る忘れがたいエピソードを語った。 1958年、タングルウッド音楽祭でクーゼヴィッキー賞を受賞するなど、早くからその才能を開花させたアバドは、1968年から86年まではスカラ座、86年から91年まではウィーン国立歌劇場の音楽監督を務めた。また、71年以降はウィーン・フィルの首席指揮者として数々の名演を世に送った。 昨年アバドは、12年間務めたベルリン・フィルの音楽監督の座を退いたが、来年5月にはそのベルリン・フィルとマーラーの交響曲の録音を予定している。また、ザルツブルク音楽祭で上演したヴェルディの『オテロ』の舞台を、『木靴の樹』で知られるエルマンノ・オルミ監督とともに映画化する計画も進んでいる。 「7歳のとき、スカラ座でドビュッシーの『夜想曲』を聴いたとき、自分の夢はこれだと思った。それは、いつの日かあの魔法のような音楽を自分の手で再現したいという願いだった。それから音楽の勉強に夢中になり、近所の壁に「ヴィーヴァ、バルトーク」と落書きするほどだった。だが、そのことが、似たような名前の人間を捜索していたナチスの秘密警察の知るところとなって、わが家は尋問を受けることになった。まだわたしは子供だったが、彼らにバルトークの楽譜を見せて、どうにか誤解を解くことができたんだ。 誤解といえば、もうひとつ、似たようなできごとがあってね。スカラ座の音楽監督時代、わたしの革新的なアプローチを快く思わなかった人間が、わたしが海外に秘密口座をもっているとして告発したんだ。それで、2度にわたって国税局の徹底的な調査を受けた。もちろん、なにも出てこない。ところが、ある日、わたしは召喚状を受け取った。ドイツのカッセル市の頭文字(K)が記された、秘密口座の証拠を見つけたというんだ。するとどうだろう、彼らが引っ張り出してきた証拠というのは、K.136だのK.642といった数字が書かれたわたしの手紙じゃないか。 K.136といったらもちろん、モーツァルトの作品を整理したケッヘル番号のこと。そこでわたしはその番号の曲のレコードを取り出して説明したのさ。これはわたしじゃなくて、モーツァルトの<口座>だってことをね!」  
   
   
   
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