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n.52 2007/12/18
  NOTIZIARIO ADITALIA  バックナンバー 52よりHTML版  
 

 politica

新党の行方    
 

10月27日、最大与党左翼民主党は、中道のマルゲリータとともに、民主党(PD-Partito democratico)を立ち上げた。1921年、リヴォルノで結成されたイタリア共産党を前身として、三度目の転換を図ったことになる。党首に選ばれたヴァルテル・ヴェルトローニ・ローマ市長(52才)は、若い頃からケネディに心酔し、その政治を理想としていた元“共産党員”。「長い道のりを歩んだ末に」「希望の扉が開いた」と語った。一方、議長を務めるプローディ首相にとっては、「オリーブの木」時代(1995年)からの夢が実現したことになる。
しかし、連立与党政権の運営は多難をきわめ、抗争や離反が相次いでいる。年金改革に取り組んでいた経済学者も、急進左派との対立を避けて改革を断行できないでいる政府の中で居場所を失い、離党。危うい過半数を保持するために、いつも調停役に甘んじているプローディ内閣を天秤の針にたとえている。
同じ頃、フォルツァ・イタリアのベルルスコーニ元首相も統一政党が夢だったと新党の結成を提案。その名称を選ぶのに300万人が投票したと発表した。大連合を意図したものであるが、前政権で連立を組んだフィーニ、ボッシ、カジーニら各党のリーダーはこの唐突な提案に距離を置き、野党の間にも亀裂が生じている。
行政改革も社会保障改革も思うように進まない状況のなかで、個人レベルで「行政」に貢献している人々もいる。盗みの被害者となったマントヴァの事業家は、失業中の二人の犯人を訴えるかわりに、自分が経営する会社に雇い入れた。また、マルケ地方のある卵パスタ製造会社のオーナーは、工場で働く人と同じ待遇で生活して20日で給料が底をつき、賃上げを行った。

 
 
   
   
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